スポーツ

2008年08月07日

ボブ・ホーナー (プロ野球助っ人外人)

リアルタイプ蛇口 
どもども。蛇口です。
今回は「プロ野球助っ人外人シリーズ」の第2弾です! さて、今回の助っ人は?




ホーナー
 プロ野球助っ人外人シリーズ(2)

 ボブ・ホーナー (背番号50)

 ヤクルトスワローズ 1987年在籍

 獲得タイトル なし



プロ野球助っ人外人シリーズ(1)でご紹介したランスと同年に日本にやってきた助っ人外人。

ランスと違って、今でも覚えている人は多いのでは?

「現役バリバリのメジャーリーガー、しかも四番を打っていた選手がヤクルトに来る!」

ホーナーが来日した1987年は、まだまだプロ野球人気が凄まじく、本物の大リーガーということで、その注目度は相当なものでした。

そして来日してすぐホーナーはその実力を日本中に見せつけます。

日本での第一試合目の阪神戦で早くもホームランを1本放っていたホーナーが、大爆発したのがその次の試合。
同じく阪神戦で、先発の池田投手から3本のアーチをかけて度肝を抜きました。

これがそのシーン(youtubeより)



歓声の大きさが、ホーナーの注目度と当時の野球人気を物語ります。


ホーナーは、「赤鬼」と呼ばれたりしてホーナー旋風を巻き起こします。

ホーナーはこの年、打率.327、本塁打31本、打点73の記録を残します。騒がれた割にはたいしたことないなと思われる方もいるかもしれませんが、ホーナーはシーズン途中に肩を痛めて、93試合(通常の約7割)しか出場していないのです。

ホーナーは結局シーズン途中にヤクルトを退団、そのまま日本球界からも去ってしまいました。

翌年に「地球のウラ側にもうひとつの違う野球(ベースボール)があった」という本を出して、日本野球を多少けなした内容だったため、バッシングされてしまいます。

蛇口も当時読みましたが、それほどひどいことは書いてなかったような…。
この本の中でホーナーが日本の投手について感想を書いており、その中にグッドピッチャーとして我がカープの大野と川口の名前が挙がっていて嬉しかったのを覚えています。
ちなみにホーナーが日本人のベストピッチャーに挙げたのは、大洋ホエールズ(当時)の遠藤一彦投手でした。


ホーナーで蛇口の記憶にメチャクチャ残ってるのが、その当時発売されたファミコンソフトの「燃えろ!!プロ野球」(ジャレコ)で、ホーナーだとバントでホームランが打てたこと!!(笑)

ホーナーの衝撃に、パラメータを過剰に設定してしまったんでしょうか(笑) とにかく燃えプロのバントホームランは話題でしたね。


人々の記憶に大きく残る助っ人、赤鬼ホーナー。
今は何をしてるんでしょうか…。



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2008年08月01日

気になってたボクシングの素朴な疑問

momochi200805_1ども、ボクシングも大好きな桃地です。

先日、WBAとWBCの世界タイトルマッチがありました。
どちらも王者の坂田、内藤が防衛という結果に終わりました。
内藤の勝利インタビューの最中に亀田興毅が乱入してきたり。
おもしろかったですねぇ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080730-00000023-maiall-spo

ところで桃地は前から気になってたんですが、WBAとWBCってどう違うのでしょうか?
どちらもボクシング団体の名前なのですが、はっきり言って違いがわかりません。
みなさん、ご存知ですか?
せっかくの機会なので、ヤホーでちょっと調べてみました。


まず、それぞれの正式名称ですが、
WBA・・・世界ボクシング協会、World Boxing Association
WBC
・・・世界ボクシング評議会、World Boxing Council
といいます。

もともと1921年に発足したWBAという1つの団体だったのが、1963年にケンカ別れ?してWBCを設立。
どちらも世界王者を認定しており、それぞれ世界ランキングを発表しています。
WBAとWBCのチャンピオン同士が戦うこともあり、その試合で勝った方を統一チャンピオンと言います。
なるほどー、聞いたことありますねー。

日本ボクシングコミッションはWBA、WBCのどちらにも加盟しているので、日本のジムに所属する選手はどちらの王座にも挑戦することができます。

昨日の試合を観てて思ったのですが、WBAとWBCではルールが違うんですね。
WBA・・・スリーノックダウン制(1ラウンド中3度のダウンをした場合ノックアウトが成立する)
WBC
・・・フリーノックダウン制(1Rにおけるダウン回数を問わず、レフェリーが試合続行可能かどうかの判断を下す)
ボクシングって1ラウンド中3回ダウンしたらKOだと思ってました。
WBCは何回でもいいんですねー。
ちょっとびっくり。

そして最近導入されたオープン・スコアリング・システム(4ラウンド終了時と8ラウンド終了時の2回、3人のジャッジが無記名で採点を公開すること)は今のところWBCだけみたいです。
これもボクシング全体で取り入れられたものだと思ってました。
なかなか複雑です。


で、桃地はもう1つ疑問に思ってたことがあります。
ボクシングの階級ってどのくらいあるんでしょう??
いろんな階級の名前を聞いたことあるんですけど、どれがどういう階級なのか全然わかんないんですよね。
ヘビー級くらいしか。

ちょっくら調べてみたらば、なんと17階級もあるんですよ!
そんなにあんの!?って感じです。
かなり多いですよね!

重量級から一気に並べてみました。

・ヘビー級
・クルーザー級/ジュニアヘビー級
・ライトヘビー級
・スーパーミドル級
・ミドル級
・スーパーウェルター級/ジュニアミドル級
・ウェルター級
・スーパーライト級/ジュニアウェルター級
・ライト級
・スーパーフェザー級/ジュニアライト級
・フェザー級
・スーパーバンタム級/ジュニアフェザー級
・バンタム級
・スーパーフライ級/ジュニアバンタム級
・フライ級
・ライトフライ級/ジュニアフライ級
・ミニマム級/ストロー級/ミニフライ級
※名前が複数あるのは別名でそう呼ばれることもあるものです

うーん、こう並べてみると、どれも聞いたことある名前ですね。
名称はWBA、WBC共通みたいです。
先日の試合は、それぞれWBA、WBCのフライ級王者決定戦でした。
軽量級のクラスだったということがわかりますね。

では、日本人選手で過去チャンピオンになった人たちはどの階級だったのか?
これも並べてみるとー。

・ヘビー級
なし
・クルーザー級/ジュニアヘビー級
なし
・ライトヘビー級
なし
・スーパーミドル級
なし
・ミドル級
竹原慎二
・スーパーウェルター級/ジュニアミドル級
輪島功一、工藤政志、三原正
・ウェルター級
なし
・スーパーライト級/ジュニアウェルター級
藤猛、浜田剛史、平仲明信
・ライト級
ガッツ石松、オルズベック・ナザロフ、畑山隆則、小堀佑介
・スーパーフェザー級/ジュニアライト級
畑山隆則、沼田義明、小林弘、上原康恒、柴田国明
・フェザー級
西城正三、柴田国明ホルヘ・リナレス、越本隆志
・スーパーバンタム級/ジュニアフェザー級
佐藤修、ロイヤル小林、畑中清詞
・バンタム級
辰吉丈一郎、薬師寺保栄、六車卓也、ファイティング原田、長谷川穂積
・スーパーフライ級/ジュニアバンタム級
徳山昌守、川嶋勝重、セレス小林、鬼塚勝也、戸高秀樹、飯田覚士、川島郭志、渡辺二郎、名城信男
・フライ級
勇利アルバチャコフ、ファイティング原田、白井義男、海老原博幸、大場政夫、花形進、大熊正二、小林光二、レパード玉熊、内藤大助、坂田健史
・ライトフライ級/ジュニアフライ級
具志堅用高、中島成雄、渡嘉敷勝男、友利正、山口圭司、井岡弘樹、亀田興毅
・ミニマム級/ストロー級/ミニフライ級
大橋秀行、新井田豊、星野敬太郎、井岡弘樹、高山勝成、イーグル・デーン・ジュンラパン

ちょっとモレがあるかもですが、大体こんな感じでしょうか。
WBAとWBCの区分けはしてません、めんどくさかったので。。

こう見ると、日本人は外国人に比べて体が小さいためか、軽量級にチャンピオンが多いですね。
ミドル級の竹原慎二が日本のチャンピオンの中で最も重量のある階級です。
ミドル級というと72kgぐらいですから、決して体は小さくないですね。
その階級で世界一になったっていうのは、パワーのある外国の力を考えたらすごいことだとわかります。

ちなみに『あしたのジョー』矢吹丈はバンタム級、力石徹はフェザー級です。
力石はジョーと対決するために、2階級も降りて戦ったことになりますね。
さぞや減量に苦しんだことでしょう。。




と、ここまでである程度の疑問が解決できたので満足。
後の細かい疑問はボチボチ解決していくことにします。

今のボクシングは総合格闘技系に押されてちょっと人気が落ちてますが、ちゃんと観るとやっぱりおもしろいですねー。
亀田3兄弟も再び日本での活動を再開するようですし、またちょっとボクシングが楽しみになってきました。

辰吉vs薬師寺みたいなアツイ試合がまた観たいですねー!



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2008年07月17日

長嶋清幸のツッパリ野球人生 / ネットコラム

リアルタイプ蛇口
ども。蛇口です。
ナイツのボケっぷりが最高に好きな今日この頃。
スティーブン・佐世保バーガー…(笑)


さて、今回はゲンダイネットに掲載中のスポーツコラムを紹介します。
毎回楽しみなんですよね〜。



【長嶋清幸の「ツッパリ野球人生」】

ゲンダイネット http://gendai.net/?m=list&g=sports&c=040&s=424


長嶋清幸氏は、元プロ野球選手。
1979年ドラフト外で、広島東洋カープに入団。
巧打巧手の外野手として活躍。
国内初の背番号「0」の選手としても有名。
勝負強いバッティングで、二試合連続サヨナラ本塁打や、日本シリーズMVPなど記憶に残るプレーを見せました。

長嶋氏が入団した頃のカープは、今と違って毎年優勝候補の黄金時代。
山本浩二・衣笠祥雄・水谷実雄・高橋慶彦・池谷公二郎・北別府学などなど、とにかく一癖も二癖もありそうな強烈でかつ、実力者が揃っていた時代でした。

長嶋氏は入団時のエピソードから、鬼コーチ「大下」の鉄拳制裁、ミスター赤ヘルの凄み、鉄人衣笠の優しさなど、当時のカープの様子が伺える内容を連載しています。

少しだけタイトルを挙げると…

「ミスター赤ヘル」が6番降格で見せた“打撃の極意”  (掲載日:2008年6月20日)
慶彦さんも浩二さんも癖盗みのコツは教えてくれなかった  (掲載日:2008年7月3日)
ソフトイメージの古葉監督は口より先に手が出る鉄拳指導者だった  (掲載日:2008年7月8日)
広島選手は骨を折ってもゲームに出るのは当たり前だった  (掲載日:2008年7月11日)


どうですか? 興味がそそられるエピソードばかりじゃないですか?
まだ連載途中ですので、これからも面白い話が読めそうです。
ぜひ、一度ご覧になって下さい!



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2008年07月03日

リチャード・ランス (プロ野球助っ人外人)

リアルタイプ蛇口
ども。蛇口です。
毎日忙しい! 大変です。
でも、幸せなことですね…実感。


さて、今日のレビューは…

「プロ野球助っ人外人シリーズ」と題しまして、私のフェイバリット助っ人外人を紹介します!
一回こっきりでこのシリーズは終わるかもしれませんが(笑)

ぜひ、バーババッババラババーバーバー♪と口ずさみながらお読み下さい。



ランス2
プロ野球助っ人外人シリーズ (1)

リチャード・ランス (背番号45)

広島東洋カープ 1987〜1988年在籍

獲得タイトル 本塁打王(39本) 1987年


若い人はご存知ないでしょう。
広島東洋カープにたった2年間だけ在籍した助っ人外人です。
ミスター赤ヘル山本浩二が引退した翌年、浩二の穴を埋める長打力の持ち主として、周囲の期待を集めて広島にやってきたのがこのリチャード・ランス

私の手元にある、中国新聞社発行の「プロ野球ハンドブック’87カープガイド」には、こう記されています。

「一発長打が魅力。3A時代10年間の長打率も4割を超える。プルヒッターでポスト浩二の穴うめとして期待されている。」

私も期待してました(笑)


ランスはシーズンが始まると、「俺の仕事は長打を打つこと!」ととにかくブンブン振り回すバッティングを披露。

「俺にはヒットは必要ない、とにかくホームランがでりゃええんじゃ〜」と思ったのか知りませんが、打率は2割ちょっとで三振しまくり、ただしバットにボールが当たればホームランというとんでもない扇風機ぶりを発揮(笑)

期待されたホームランは、入団した年に39本を放ち、あのバースを抑えてホームランキングに輝きました。
しかしながら規定打席に到達した選手の中で最低の.218という打率に加え、最多の114三振を喫するという安定感のなさぶりでした。


さて、ここまで書くと「なんだよ、全然ダメ助っ人じゃん。なんでこんなのがフェイバリットなんだよ」とお思いでしょう。

ランスが蛇口にとってなぜ、フェイバリット助っ人なのか?

それは…

ランスは打率も低く三振が多いです。つまり打席での期待値が少ない。見てる方も「どうせダメだろう」って思ってるんです。
蛇口も同じでした。
しかしランスは突然爆発するのです。しかも非常にいい場面で。

その当時のカープは貧打でした。
今と違って投手力はすごかったです。
北別府・大野・川口・長富・金石・川端・白武・小林誠二・清川・津田…投手王国でした。
対照的に打線は4番に小早川、衣笠・長内・山崎・長嶋・正田・高橋慶彦など…小粒でした。衣笠は極度のスランプでしたし。

つまり、点が取れないけど、投手は抑えてるという緊迫感のある試合が多かったのです。

そんな中、どうせ三振だろうなんて思ってるランスがたまにドカーンと噴火するんですよ。

特にランスは巨人戦で強く、1点を取り合うシーソーゲームの中、いい場面でホームランをかっ飛ばすと、大変なカタルシスでしたね。

ランスの突然の爆発は、「ランスにゴン!」と言われ当時流行ってました。


当時の広島vs巨人戦で、ランスの活躍が非常に記憶に残ってる試合があります。
巨人は桑田、広島は誰が先発か忘れましたが、投手戦となり同点のまま延長に入りました。
桑田の投球数160球を過ぎた頃に、ランスが打席に立ちました。
あっという間に追い込まれて2ストライク。そのときにアナウンサーと解説の張本勲氏(ご意見番スポーツの喝!で有名なあの人です)との間に以下のやり取りがありました。

アナ「張本さん、さぁランス追い込まれましたけど、どうでしょう。」
張本「いやぁ、97%三振でしょう。」
アナ「残りの3%は?」

張本「凡打でしょう(笑)」

蛇口はラジオを聴いてたんですが、くそー張本巨人びいき丸出しにしやがって!なんて思ったものです。
そうすると…

アナ「さぁ桑田、振りかぶって第170球目を投げ…」

アナ「打ったぁぁぁぁぁあああ!!!! 大きい! 大きい! これは入った!入った! ランス、ホームラーーーーン!!!

鳥肌が立ちました。

この頃から蛇口はランスのこの豪快さと脆さを併せ持つギャップに魅せられてしまいました。

ランスこそ、野球漫画「ドカベン」に登場する人気キャラクター「岩鬼正美」を実在化したような選手だと思ってましたね。


ランスは本塁打王を取った翌年の1988年、その扇風機ぶりを批判されたを気にしたのか、指導があったのか、センターより左方向に流し打ちをし始め、一時期.287くらいまで打率が上がったことがありました。
しかし、結局元の打ち方に戻り、今度は極度の打撃不振に陥りシーズン終了を前にカープを去ることになってしまいました。


最近、ネットでこんなニュースが出てました。

「読売・高橋由伸外野手が“ランス化”危機・・・本塁打王争いも打率.219の低空飛行」

ランスの名前をひさびさに目にしましたね。


リチャード・ランスは、決して優良外人ではありませんでした。
タイトルは取ったものの、褒められた成績ではなかった。
でも、蛇口の中では未だに No.1助っ人外人です。
最高にドキドキさせてくれる選手でした。

今でも米国で元気にしてるのかなぁとちょっと気になります。


「プロ野球助っ人外人シリーズ」
気が向いたら次もやります!(笑)



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2008年05月30日

2006FIFAワールドカップ 日本 vs. ブラジル

momochi200805_1ども、スポーツ観戦で絶叫モードになりやすい桃地です。

今回は久々の思い出レビューです。
2年前、サッカー日本代表はひとつの節目を迎えました。
その節目を迎える直前の90分間、日本中がわずかな希望を胸に熱狂した瞬間がありました。


2006FIFAワールドカップ
日本 vs. ブラジル(2006/06/22)

2006worldcup


ドイツで行われた2006FIFAワールドカップ
ジーコ監督率いる日本代表は3大会連続の出場を果たしました。
そのときに行われたブラジルとの一戦は、最近では1番印象に残った試合です。


ワールドカップはご存知の通り、4年に1度行われるサッカーの世界大会です。
出場できる国は32カ国。
4年間かけて各地で厳しい予選が行われ、勝ち残った国だけがこの大会に出られます。

ワールドカップはまず4カ国ずつ8組のグループに分けられ、グループ内の総当り戦で予選が行われます。
その結果、上位2カ国が決勝トーナメント進出。
まずはこのグループリーグの突破を目指します。

日本が初めてワールドカップに出場したのは1998年のフランス大会でした。
そのときのことは今でもよく覚えてます。

そのときの日本の結果は、
日本 0-1 アルゼンチン
日本 0-1 クロアチア
日本 1-2 ジャマイカ

と3戦全敗でグループリーグ敗退。
世界の壁を見せつけられる結果となりました。。

負けはしましたが、ジャマイカ戦でゴンこと中山雅史が日本史上ワールドカップ初得点をゲットしたことは、日本サッカー界にとって大きな一歩でした。
当時、桃地は友達といっしょに深夜のガストで観戦してたんですが、点を取ったときはガスト内がものすごく盛り上がりましたよ。
お客さん全員が店内のテレビに釘付けでした。笑


それから4年後。
日韓共同開催の2002年のワールドカップ
ベッカムで日本中が湧いた年ですね。
日本代表の監督はフィリップ・トルシエ。
この大会では日本は開催国ということで予選を免除され、本大会から出場することになりました。

このときの日本のグループリーグの成績は、
日本 2-2 ベルギー
日本 1-0 ロシア
日本 2-0 チュニジア

と2勝1分けで、初の決勝トーナメント進出!!

決勝トーナメント1回戦ではトルコに0-1で敗れましたが、またまた日本のサッカー史に新たな1ページを刻む結果となりました。


そしてさらに4年後、2006年ドイツで行われたワールドカップ
日本はアジア予選を勝ち抜いて、本選出場を果たしました。

この大会で、日本はブラジル、クロアチア、オーストラリアのグループになりました。
自力で決勝トーナメントに行くには、2勝はしなければなりません。
ただブラジルは誰もが知っている超サッカー大国ですので、勝つのは容易ではありません。
なのでクロアチアとオーストラリアに勝つこと
これが日本の目標でした。

試合はオーストラリア戦、クロアチア戦、ブラジル戦の順番で行われました。
オーストラリア戦とクロアチア戦の結果は、
日本 1-3 オーストラリア
日本 0-0 クロアチア

となり、1敗1分けと非常に厳しいものとなりました。。
決勝トーナメントはほぼ絶望的な状況です。

しかし、まだわずかな可能性は残されてました。
はっきりとした記憶ではないのですが、最後のブラジル戦で日本が2点差以上で勝利すれば、オーストラリア-クロアチア戦の結果次第では決勝トーナメントに行ける、みたいな感じだったと思います。

ブラジルに勝つこと自体難しいのに、2点差以上で勝つ。
日本は以前オリンピックメンバーがブラジルに勝ったことあるのは記憶してますが、代表チームがブラジルに勝ったことはなかったような気がします。
これがどんなに大変なことか。
みんなわかってはいましたけど、それでもわずかな望みに日本中は期待してました。


日本対ブラジル戦。
試合が始まりました。

試合は強国ブラジルに一方的に押されることなく、日本は落ち着いた試合を展開してました。
桃地、1つ1つのプレーに一喜一憂。
とにかく2点入れて勝たないといけません
相手はブラジル。
チャンスはそうそう何度も訪れないでしょう。
なんとか一瞬の隙をついて、点を入れてほしいと願ってました。


そうして0-0のまま迎えた、前半33分
アレックスからの絶妙なスルーパスを玉田が。。





ゴオオオオォォォォォル!!!!

玉田の豪快な左足で日本先制!!!
なんとブラジルから1点をもぎとりました!!
すっげー!!

これ、何度見てもすごいゴールです。
まずアレックスのスルーパスが完璧でした。
その絶妙なパスを玉田がノートラップでそのままシュート!
難しい角度からゴール左上の隅に豪快に叩き込みました。
ノートラップでシュートできたというのが、アレックスのパスの精度の良さを物語ってます。

ブラジルのキーパー、至近距離だったためか全然反応できませんでしたね。
シュートはキーパーの頭上を越えました。
角度的にココしかない!という所だったかもしれません。
玉田の思い切りの良さも素晴らしい!
アンタら、すげーよ〜〜〜。

中継は深夜だったですけど、思わず絶叫。
こっ、これはもしかしたらいけるんではないだろうかー!!!???
あと1点、なんとかあと1点とって希望をつないでほしい!
そんな期待が日本中を駆け巡ったに違いありません。
桃地、ものすごいドキドキしてました!



しかしこの後、我々は厳しい現実を見ます。。。



前半終了間際、ロスタイム。
今大会調子を落としていたブラジルFWロナウドにヘディングシュートを決められ、同点とされてしまいます。。
ブラジルの軽快なパス回しに日本ディフェンス陣は完全に翻弄され、最後はほぼノーマークとなったロナウドに決められました。
せっかく取った貴重な1点を帳消しにさせられる重い同点弾。
できれば、前半はなんとか守りきりたかったところでした。。


後半に入ってもブラジルの勢いは止まりませんでした。

後半8分、ブラジルのジュニーニョがフリーでボールを持ったところをミドルシュート。
これが決まってしまいます。。
あっさりと逆転、1-2。
日本のわずかな希望が絶望へと変わっていく瞬間でした。。

さらに後半14分、ブラジルのジウベルトがロナウジーニョからのスルーパスに反応し、3点目のゴール
後半36分には再びロナウド、何気に放ったように見えたシュートがゴール右すみへ決まり、1-4
もはや、日本に立ち向かう気力はありませんでした。。

このまま試合が終了し、日本はグループリーグ敗退が決定。
2006年の日本のワールドカップ挑戦は、ここで幕を閉じました。。


これまで日本サッカーを引っ張ってきた中田英寿は、試合終了直後ピッチ上に仰向けに倒れこみました。
約10分間。
この後、中田は現役引退を表明してしまいます。。

中田はこのワールドカップに全てを賭けていたんでしょう。
日本がこれ以上、上に進めないことが決定したその瞬間、脱力感でいっぱいになった。
そんな感じだったんでしょうね。。
これまでクールで通してきた中田英寿のこの行動を見て、その無念さがよりいっそう伝わってきました。
とても印象に残るシーンです。


先取点を入れられた後のブラジルは、それまでと動きが全然違ってました。
完全に目を覚まさせてしまったというか、やっぱりめちゃくちゃ強かったです。
個人のレベルが日本とは桁違いですね。
世界の壁を改めて見せつけられました。。


しかし玉田の先制点は、日本中にものすごい感動と希望を与えてくれました。
あの瞬間はものすごく興奮しました。
結果は厳しいものになりましたけど、あの1点がどれほど日本国民の心を動かしたか。
あの瞬間を体験できただけでも、最高な気分になれました。
桃地のお気に入りの得点シーンです。


次のワールドカップは2年後の2010年です
来月6/2からアジア地区3次予選が行われます。
まだまだ道のりは遠いですが、ぜひとも本選に出場して、また感動するような試合をやってほしいものです!



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2008年01月21日

PL学園 対 横浜 [夏の甲子園] (野球 / 1998年)

桃地ども、桃地です。

今日は高校野球について語ります。
桃地はよく高校野球を観るのですが、この年の夏の甲子園は特に感動を覚えました。
例年以上に燃えた夏でした。

その中でも、この試合は忘れられません。



PL学園 対 横浜(第80回全国高等学校野球選手権大会)

1998/08/20



PL学園と横浜は同じ年の春の選抜で対戦しており、そのときは横浜が勝ちました。
横浜はそのまま選抜を優勝してます。
そして両校は夏の甲子園の準々決勝で、再び戦うことになりました。

横浜のエースは、現在メジャーリーグのボストンレッドソックスで活躍中の松坂大輔。
このときからすでに大注目だった松坂は、PL学園戦でも先発のマウンドに立ちました。
松坂のピッチングは超高校級と言われ、これまで危なげなく勝ち進んできましたが、PL学園戦だけは苦戦しました。

松坂の投げる球は確かにすごい切れ味。
しかしPL学園はどの選手も松坂の球をよくとらえてました。
試合はPL学園が先制点を奪って、その後もコンスタントに追加点を奪い、怪物松坂の前に物怖じせず、堂々たる試合を展開していきました。

試合は緊迫した内容で、5-5の延長戦へ。
横浜のピッチャーは松坂が続投しました。

延長11回表、横浜がついに1点勝ち越しました。
この試合、横浜が初めてリード。
しかしその裏、松坂が打たれ、PL学園が1点を奪い追いつきました。
試合は続行します。

延長戦はなかなか決着がつかず、甲子園は緊迫した雰囲気の中、試合が進んでいきます。
息つく暇がありません。
松坂はまだ1人で投げています。

そして延長16回表、再び横浜が1点追加し、勝ち越します。
これでついに決着かと思われた延長16回裏。
なんとPL学園は再び1点を奪い取り、追いつきます!
絶対点を取るという意思がひしひしと伝わる闘志溢れるプレー。
このときのPL学園の粘り強さには感動を覚えました。

そして迎えた延長17回表、横浜の攻撃。
2アウトをとられて松坂が次の投球に備えて練習投球を開始しました。
ここでランナーを1人おいて、横浜が2ランホームランを放ちます!
これで9-7、貴重な勝ち越し点!
ここまで投げ続けてきた松坂にとっては、ものすごくうれしかったはず。

このとき、とても印象的なシーンがありました。
横浜が勝ち越しホームランを打ったときの松坂をカメラはとらえたのですが、松坂は特に喜びを表現することなく、淡々とキャッチボールをしていました。
これまで2度追いつかれているので、喜ぶのはまだ早いと自分をおさえていたのかもしれません。
しかし仲間が3度も勝ち越してくれたこと、その頼もしい仲間たちと戦えてることの幸福感みたいなものを噛みしめていたに違いありません。
そんな表情でした。

試合は17回裏も松坂が投げ、0点に抑えて試合終了。
延長17回、ついに松坂は1人で投げきりました。

その後の甲子園は松坂の完全な一人舞台でした。
準決勝の明徳義塾戦、松坂はリリーフで登板しましたが、それで大量リードされていたチームが奮起し、劇的な逆転サヨナラで決勝戦に進出しました。
そして決勝の京都成章戦で、松坂は先発のマウンドに立ち、決勝戦でノーヒットノーランという偉業を成しえました。
これで横浜は春夏連覇。
まさに松坂の甲子園でした。

松坂は確かにすごい選手でした。
しかしこの試合に関しては、打たれても追いつき、追いつかれても突き放すという横浜とPL学園の選手たち全員にしびれました。
まさに全員野球、チーム全体がぶつかりあった試合。
みんな輝いてました。

当時高校を卒業して数年しか経ってなかった桃地は、この試合で年下の彼らのプレーに初めて心の底から感動させられたのを覚えてます。
高校野球の魅力がつまった、後世に残る名試合です。

今回はちょっとかしこまりモードになりました、なんとなく。


桃地思い入れ度★★★★☆
PLを応援してた★★★☆☆
実は浜田を応援してた★★★★★


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